有森裕子【第2回】「成功体験」を教育・指導の現場でどう位置づけるかの難しさ – 人を成長させるのに大切な要因とは

「マラソンにおける指導という点でいえば、私が現役時代だった頃と比べると、全般的に指導者のスタンスが変わってきているように感じます。」と始まる今回は、「成功体験」を教育・指導の面でどう活かすかについて、お話しいただきました。

今だから、現役時代のことを客観視できる。今だから、言葉で表現できる。無名選手だった有森裕子が2回のオリンピックメダリストになれた理由、そして、現役時代が今の活動にどうリンクしているのかを振り返りながら、「人を成長させるのに大切な要因」について考える。

(※本記事は、2014年1月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。記事中の年齢、肩書きなどは2014年取材時のものです。)

「成功体験」を教育・指導の現場で どう位置づけるかの難しさ

マラソンにおける指導という点でいえば、私が現役時代だった頃と比べると、全般的に指導者のスタンスが変わってきているように感じます。もちろん、マラソン指導の現場をくまなく見ているわけではないので一概に言い切れない面もありますが、実業団の監督とお話する機会があると、「実業団の指導も随分、変わったな」と感じます。

それは、最近の傾向として指導が「選手主体」になった点です。選手のその時々の調子やメンタルに合わせて、トレーニング・メニューを調整することも多いようです。ということは、それだけ個々の選手のリアルタイムの状態を正確に捉える必要があるということになります。

例えば、調子が落ちている選手がいるとしましょう。この選手は、メンタルが落ちていることによって調子を崩しているのか、故障によって調子を崩しているのかを判断しないといけない。もし、メンタルに原因があるとしたら、練習量を減らすよりも、精神的なケアを優先すべきでしょう。逆に、故障が原因なら練習量を落とさないといけない。

この見極めはとても難しい。このようなケースの適切な判断は本人にはできません。豊富な経験を持つ監督だからこそできる。本人が判断すると、ほとんどの場合、正しい方向には行かない。厳しい状況を前に逃げてしまうか、逆に、オーバーワークになるかのどちらかです。客観的な視点を持った第三者だからこそ適切な指導や判断ができる面があるのです。

私は、アトランタオリンピックで銅メダルを獲得後、プロランナーに転向し、小出監督のもとを離れて活動しました。ボストンマラソンではベストタイムを出せたものの、それ以外のレースでは、自分がイメージしたような結果が出せなかった。原因の一つには、この「他人だから判断できる」という部分もあったのでしょう。

プロランナーに転向して分かったのは、「このトレーニング・メニューでメダリストになった」というような成功体験をどう位置づけるかの難しさです。私はプロランナーになる前、小出監督の過去の練習方法にこだわる方針にストレスを感じていた。たしかに同じ練習方法や考え方で二度のオリンピックで結果を出せたかもしれない。だけど、他に違う可能性を模索してもいいのではないか……。

でも実際に、プロランナーになってみると、成功体験の重要性に気づかされた。成功体験を豊富に持っている小出監督だからこそ、選手の力を引き出すことができる。だからといって、成功体験があるからその枠組みの中ですべてやるのが正解とも言い切れない。この成功体験を教育・指導の現場でどう位置づけるかは、非常にやっかいだというのが正直なところです。

選手がオリンピックを目指しているなら、最低でもこの距離は走らないといけない、という明確なゴールがあります。

例えば、世界のトップレベルで戦うなら、月間1000キロの走り込みを充実した内容でクリアする必要があります。身体的能力が極めて高い野口みずき選手でも、アテネオリンピック直前には、月間1200キロのトレーニングをこなしていました。現在、日本の女子マラソンが世界的に通用しなくなったのは、アフリカ勢の台頭によってタイムが短縮された影響もありますが、月間走行距離が減っていることも一因かもしれません。

最近の日本人選手の月間走行距離は、平均的に700~800キロと聞きます。たしかに身体的能力の高いアフリカ勢なら、この練習量で十分です。しかし、日本人選手が「アフリカ勢も800キロの練習で勝っているんだから」と思ってしまえば、世界のトップランナーと争うことは難しいでしょう。

月間1000キロ以上の走行距離をこなすには、強いメンタルが必要です。過酷な練習に耐えられるメンタルを準備することによってはじめて、結果が出せる練習が可能になります。このメンタルの準備を省いて、センスだけで走ろうとすると、結果はなかなか出せません。メンタル力をどう強化するか。これも教育・指導に欠かせないポイントでしょう。

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